2011年3月11日金曜日

フィレンツェの革製品 Firenze

フィレンツェの伊達男
娘と奥さんと僕は今日は目的地を決めずに、ただただ歩くだけにしました。
地図を見なくとも小さな街ですから、迷子になれば近くのバールに入りカフェラテを飲み、トイレに入りのんびりして、少ないチップを店員さんに渡し店をあとにします。
狭い路地を上を見ながら太陽の位置を確認すればどのあたりにフィレンツェ大聖堂があるかわります、大聖堂の位置がわかればもう迷う事はありません。
夕方宿のそばのアリエント通りで革製品の露店がそれは沢山でていました、奥さんと僕はフィレンツェで革製品を買いたかったのでさっそく露店めぐり。
フィレンツェは中世から繊維業が盛んで、商業と職人とは強い組合組織で安定した状態が続きましたから、品質や技術がより良いものを生産できたのでしょう。
バッグで有名なグッチさんはここフィレンツェ生まれの人です、たしか1920年代にグッチさんはフィレンツェにお店を構えたのが始まりでした。
奥さんも僕もブランド品には全然興味がありませんし、だいいちフィレンツェだからグッチが安く買えるはずがありません。
露店の革製品で掘出し物を探すほうが楽しいのです。奥さんと僕は本革のジャケットと財布を買いました。奥さんの革ジャケットが22万リラ(1990年)僕の革ジャケットが23万リラ(1990年)革の財布が5万7千リラでした、当時日本円で22万リラは3万6千円ぐらいです。
それに店のお兄さんは僕たちに合うサイズが無いとなると近くの露店に探しにいくのです。サイズ違いのジャケットを持って来ては僕たちに着せ、合わないとなるとまた違う露店に探しにいきます。こんな事を5回も繰り返しやっとちょうど良いサイズのジャケットを探し出してくれました、これでは買わない訳にはいきませんから。お兄さんご苦労様でした。
冬になると僕はこのフィレンツェで買った革ジャケットを今でも着ています、20年以上たちましたからくたびれてきていますが、軽くて着心地が良いのです。残念な事に僕のジャケットは3年程前にジッツパーが壊れてしまいました。
ボタンで留める事もできますので機能的には問題ないのですが、奥さんのジャケットは今も買った当時のまま奇麗な光沢があります、それに奥さんのジャケットのジッパーは日本製のYKKですから壊れません。僕のはたぶんイタリア製、どちらもイタリア製のジャケットなのですが肝心なところは日本製が良いようです。

2011年3月10日木曜日

フィレンツェ,パラッツォ・ストロッチ Palazzo Strozzi,Firenze

Palazzo Strozzi
パラッツォ・ストロッチは15世紀のフィレンツェ宮殿建築の典型的な建物。
宮殿の最上部には帽子のつばのような巨大なコーニスが2mほど飛び出ている。
ストロッチ家の財力の象徴ですから、これでもかとお金をかけています。
14世紀のフィレンツェではメディチ家とストロッチ家の権力争いが熾烈を極めていました。やりてのメディチ家に対抗して見栄を張りすぎたストロッチ家が財政破綻したのでしょうか、あくまで僕の幼稚な想像です。
写真ではわかりませんがこの建物の外壁かどには鉄製のたいまつ立てとランタンが付いていています。巨大なたいまつがここに灯されていた、見たかった。
今ではその美しい金物は役立たずのかざりもの、いいえ機能しなくても立派な美術品なのです。
フィレンツェには沢山の宮殿があります。どの宮殿の入口わきの外壁にもリング状の金物がぶらさがっています、これは何でしょう。
馬をつなぐものでしょうか、これも宮殿により色々な形がありさまざまで、この金物を見て回るのもまた楽しい。
外壁の金物

2011年3月8日火曜日

フィレンツェ,サン・ロレンツェ教会と市場 San Lorenzo,Firenze

San Lorenzo
San Lorenzo

サン・ロレンツェ教会脇の市場
イタリアのミネラルウォーター
娘と奥さんと僕が宿にしていたペンション・アカデミアからほんの100mほどのところにサン・ロレンツェ教会があります。
宿からアリエント通りを少し歩けばこの教会前広場にでます、この界隈は沢山の露店がところ狭しと立ちならび観光客がごったがえしている賑やかなところです。
それにここは車が入る事ができませんから、僕たち親子はとってはありがたい。
建ち並ぶ露店をひやかしに来るだけでも楽しいところです。
近くに中央市場(Mercato Centrale)がありますから日用品はここでいつも調達しました。中央市場は何を見ても珍しく、僕には博物館のように見えます。僕はさいたまのスーパーマーケットで買い物をする事が何より好きですからもうたまりません。
イタリアの標準ミネラルウォーターはSAN BENEDETTO で写真のピンクラベルは自然水、ブルーラベルは炭酸水、娘も奥さんも僕もピンクラベルの自然水を選びます。炭酸水はとてもじゃないけどまずくて飲めません。それでも地元イタリアでは炭酸水のブルーラベルが人気でした。

2011年3月7日月曜日

フィレンツェ,サン・ミニアト教会 S.Miniato al Monte,Firenze

S.Miniato al Monte
モザイクタイルが奇麗

ミケランジェロ広場から丘を登ると5分程でサン・ミニアト教会にたどり着きます。
中世フィレンツェを代表する教会で11世紀にできた建物です。
奈良や京都のお寺さんは入場料を取るのが普通ですが、フィレンツェのほとんどの教会は自由に出入りできます。しかし入場時間はどこも長くありません、この教会はお昼12時で入場者は外に出されます。フィレンツェではほかの教会も午後2時には一般の見学者は退場となるようです。
日曜日はミサがありますから特別ですが、この日は月曜日なので教会に長居はできません。
娘は教会なんぞ興味がありませんから、奥さんと僕はかわりばんこに教会に。

サン・ミニアト教会は沢山の緑に囲まれた丘の上にあり、正面のモザイクタイルがとても奇麗な教会です。内部の床や壁は色とりどりの大理石で飾られ、目眩がしそうなほどどこまでも埋め尽くされています。屋根を支える木造の梁や小屋組も奇麗な模様で飾られています、日光の東照宮みたいに艶やかです。
サン・ミニアト教会前にある広々とした芝生の日の当たるベンチで、娘と奥さんと僕は八百屋さんで買ってきたりんごをむいて3人で食べました、ここで食べるリンゴはまずいわけがありません。



2011年3月6日日曜日

フィレンツェ,ミケランジェロ広場 Piazzale Michelangelo,Firenze

Piazzale Michelangelo
Piazzale Michelangelo
1990年3月19日月曜日、今日はとてもよい天気、昨日とうって変わって暖かいくシャツ一枚でもすこし汗をかきました。
宿から南東方向にアルノ川を渡り、なだらかに丘を上りベビーカーを押して歩く事40分、やっと娘と奥さんと僕はミケランジェロ広場に着きました。
広場にはミケランジェロのダヴィデ像があります。小さな売店で飲み物とお菓子を買いここで休憩、当時この広場は駐車場に使われていましたので、せっかくのダヴィデ像も大事にされてないようでもったいない。ここは殺伐として決して気持ちの良い広場ではありませんが、春の太陽に照らされたフィレンツェの街が一望できますので、来たかいがありました。