2012年7月6日金曜日

ウィーンのホット・ドッグ

ウィーン、ホット・ドッグの屋台のレシート
娘と奥さんと僕はお腹がすいたので、ファヴオリテン通り(FavoritenStrabe)の屋台でホット・ドッグを3つ買います、当時1個20シリング(1990年、340円ほど)、大きなソーセージがどかんと入っているだけのシンプルなもの、それを茶色の紙に包んで手渡してくれます。
娘はよほどお腹がすいていたのでしょう、2本のソーセージをぺろりと食べてご満悦。僕と奥さんは娘が食べ残したソーセージ抜きのパンを食べるのですが、これまたおいしいのです。ウィーンではあちこちにホット・ドッグの屋台がありますから、娘が「おなかがすいた」でホット・ドッグ。
ホット・ドッグのレシートはカールスバーグ(Carlsberg)のメモ帳、ビールが飲みたい所ですが今日は寒くて、それに北風の吹く路上。カールスバーグはデンマークのビール会社、僕はてっきりドイツ産だと、緑色のビンが森林浴みたいに魅力的、青島ビールも緑色ですが。

2012年7月2日月曜日

ウィーン、マリア・テレジア広場 Maria Theresien platz,Wien

Maria Theresien platz,Wien
マリア・テレジア広場、後ろはヘンデル広場の城門
娘と奥さんと僕は路面電車をブルクリンク(Burgring)で降り、そのままブルクリンクの大道りを少し西に歩き、マリア・テレジア広場(Maria Theresian platz)に到着。
もうすぐ5月なのに、どんよりした雲が広がり北風が通り抜けるブルクリンクをはさんで、北側にヘルデン広場(Heldenplatz)、そして南側にはマリア・テレジア広場。ヘルデン広場の入口には、ローマの城壁のような5つのアーチが仲良く並ぶ城門(Burgtor)がぽつりとあります。
マリア・テレジア広場の中央に大きな銅像、それは馬に乗った兵士が護衛する小さな神殿の上の玉座にすわる女帝マリア・テレジア。それにしても寒くて僕たち家族は広場でのんびりできません、急いで美術史美術館に逃げ込みます。

2012年6月22日金曜日

ウィーン、ホーフブルク王宮 Hofburg Palace,Wien

Hofburg Palace,Wien
娘と奥さんと僕は雨上がりのミヒャエル広場(Michaeler Platz)にやって来ました、ホーフブルク王宮(Hofburg Palace)前の芝生は水滴のせいか、あざやかな緑色。
円形のミヒャエル広場に弧を描くように建つこのホーフブルク王宮は裏側だそうで、ほんとかな。建物の最上部に輝く金色の双頭の鷲はハプスブルグ家の紋章で、大きく羽を広げたその姿はまるでキングギドラ。僕は子供の頃キングギドラが大好きで、なんど映画館に通ったことか。
観光案内書によれば、この宮殿は13世紀から20世紀にかけて、多くの建物が増築に増築をかさね、王宮全体は沢山の建物が複雑にからみあっているそうです。
僕が思うに迷宮、足を踏み入れた者はけっして王宮から出られない、「それは魅力的だな」と僕、奥さんは「時間の無駄」という事で僕たち家族はホーフブルク王宮を後にするのでした。

2012年6月21日木曜日

ウィーンの靴屋 Schuhmoden Fasching KG,Wien

ウィーンの靴屋 Schuhmoden Fasching KG,Wien
娘の靴がいたんできて、その上いやな臭いでかわいそう。
奥さんが娘に「新しい靴を買いましょう」と街に出ることに。
僕たち家族は宿の前のプリンツ・オイゲン通り(Prinz Eugen Strasse)にある路面電車の停留所ベルヴェデーレ(Belvedere)から路面電車に乗り込みます。
ウィーン南駅に近いスートティローラー広場( Südtiroler Platz)で路面電車を下り、そこから歩いて北に向かうファヴォリーテン通り(Favoritenstraße)で靴屋さんをさがします。
このあたりはウィーン10区のファヴォリーテン(Favoriten)と呼ばれる所、観光客はほとんどいません。
小さな店が建ち並ぶ庶民的な街には地元の買い物客が行きかいます。
Schuhmoden Fasching KGはこの商店街にひっそりある靴屋さん。
店内は薄暗くけっしてきれいとはいえません。
娘の小さな足に合うサイズがなかなか見つからず、僕も奥さんも次々娘に靴を履かせては、取り替える。
それを店員さんが怪訝そうな顔でじろり、しかし何もしてくれません。
もちろん僕はドイツ語がまともに話せませんから、いんちき英語で応戦しきり。
やっと見つけたちょうど良いサイズの靴は水色とピンクの2色のかわいい靴。
靴の値段は239シリング(1990年)4,000円ほど。
庶民的な金額ではありませんが、素敵な靴なので買う事にしました。

2012年6月20日水曜日

ウィーン、グラーベン Graben,Wien

グラーベン通り Graben,Wien
娘と奥さんと僕はグラーベン通り(Graben)を散歩。ここは車が通りませんからのんびりできます、通行人を眺めたり、お店を冷やかしたり。
グラーベン通りはシュテファン大聖堂の向かいに建つガラスの建築Haas_Hausのわきを抜け西に伸びる大通りで、距離は短いのですが東京の銀座に似ています。
通りには高級宝石店などが立ち並び、人通りの多いにぎやかなところですが、貧相な僕たち家族には高級宝石店など関係ありません。それでも奥さんはやはり気になるようです。
WAHLISS
ワーリス陶器店
 グラーベン通りにほど近いケルントナー通りのワーリス陶器店(WAHLISS)のインテリアデザインは1986年にコープ・ヒンメルブラウ(COOP HIMMELBLAU)が手がけました。
ウィーンは突然こんなのがぼそっとあるのでびっくりします。
SCHULLIN_1

SCHULLIN_2
グラーベン通りにある高級宝石店です。シュリン(SCHULLIN)1号店と2号店。
ハンス・ホラインさんの作品で1号店は1974年に、2号店は1982年完成。
僕たち家族がウィーンを訪れたのは1990年、今ではシュリン宝石店は引っ越したとか。
僕は2号店の入口上部にある2本の柱に支えられたオルドワン石器のようなちょんまげが、とても気に入りました。

2012年6月19日火曜日

ウィーン、コールマルクト Kohlmarkt ,Wien

ミヒャエル広場 Michaelerplatz,Wien
娘と奥さんと僕はミヒャエル広場(Michaelerplatz)から北に伸びるコールマルクト(Kohlmarkt)地区にやって来ました。観光案内書によれば、この場所でかつて石炭を売る店があったことから石炭市場(Kohlmarkt)と呼ばれ、その名が残ったそうです。
夕方6時半に娘が「おなかがすいた」で、僕たち家族は近くの中華レストランに。
当時(1990年)ウィーンの物価はかなり高く、安い食堂がなかなかないのです、僕たち家族はスーパーやパン屋さんで安い食品と飲み物を買い、公園や広場で食べるのがいつものことで、レストランに入ったのは数回。
夕飯で食べたもの、卵のスープ、春巻、アスパラと鶏肉の炒め物、牛肉と野菜の炒め物、ご飯、デザートに杏仁豆腐、この中華レストランの杏仁豆腐は日本のものと違い、油で揚げた豆腐にハチミツがかかったものでした。ビールも飲んでレストランの会計は360シリング当時日本円で6,120円、ここは高級中華レストランだったのです。


2012年6月18日月曜日

ウィーン、ロースハウス Looshaus,Wien

Looshaus,Wien
 娘と奥さんと僕はミヒャエル広場(Michaelerplatz)に文具を買い出しに来ました。
僕たち家族は広場の近くのカフェに入り、ザッハトルテとコーヒーを注文。
娘も奥さんも僕もそのチョコレートの固まりのようなケーキにくぎずけ、ケーキに添えてある生クリームをつけて、さぞ甘いだろうと一口、それが気が抜ける程あっさりした味。
ケーキ3個とコーヒー2杯で96シリング(1990年)当時1,600円程、味より値段にびっくり。
円形のミヒャエル広場の北側に面してロースハウス(Looshaus)は建っています。
それはかわいい少女のように清楚。1911年に完成したロースハウスはその名のとおりウィーンの建築家アドルフ・ロース(Adolf Loos)さんの設計によるものです。
ミヒャエル広場にはホーフブルグ王宮(Hofburg)やスペイン馬術学校(Lipizzan Riding School)などが混沌としてありますから、このなめらかな、すっぴんの少女が栄えるのです。
Looshaus,Wien