2013年2月19日火曜日

パリ、シテ科学産業博物館 Cité des Sciences et de l'Industrie,paris

Cité des Sciences et de l'Industrie,paris
シテ科学産業博物館の入場券
Cité des Sciences et de l'Industrie

娘と奥さんと僕はカルチエ・ラタンの宿からすこし歩いてMétro 4号線のサン・ミッシェル駅(Saint_Michel)に向かいます。

地下鉄に乗りパリ東駅(Gare de l'Est)まで行き、そこから地下鉄7号線に乗り換えてポルト・ドゥ・ラ・ヴィレット駅(Porte de la Villette)まで。

駅から地上に出ると、シテ科学産業博物館(Cité des Sciences et de l'Industrie)はすぐそこ

博物館の入場料は1人30フラン(1990年)750円ほど。

巨大な展示室が地下1階から地上3階までひろがり、展示室には深海調査船ノティール(Nautile)の実物大模型やロケットがのびのびと置いてあります。

たくさんの子供たちが遊園地みたいな博物館に遊びに来ています。
コンピューターとゲームをしたり、科学実験ができたり、それは楽しい。
娘も奥さんもおおはしゃぎ。
Cité des Sciences et de l'Industrie
シテ科学産業博物館
La Géode
シテ科学産業博物館の正面にあるプラネタリウム

大きな銀色の球体は "La Géode" プラネタリウムです。

僕たち家族はここで星空をみるため入場券売り場に向かいます。

ところが窓口で「こどもの年齢はいくつ」ときかれ、僕は「娘は3歳」とこたえると。
窓口の彼女はなんのためらいもなく "Vous ne pouvez pas entrer" (たぶんまちがい)。
奥さんと僕は彼女にむかって一言「ケチ」。
シテ科学産業博物館のパンフレット


パンフレットにドイツ語で"Deutsch Willkommen"と書いてある。

なぜ、まさか「ドイツのかたいらっしゃい」そんなわけないか。

シテ科学産業博物館(Cité des Sciences et de l'Industrie)は1986年に完成。

アイルランドの天才建築構造家ピーター・ライス(Peter  Rice)さんの作品。

2013年2月14日木曜日

パリの情報紙 l'officiel des spectacles,paris

パリの情報紙
l'officiel des spectacles
l'officiel des spectacles はパリの情報紙。
週刊誌で、1990年2月28日〜3月6日のもの、なんと2253号。
A5サイズ、小さな文字が154ページにぎっしり。映画、コンサート、サーカス、美術館、展示会、レストラン、キャバレーなどの情報がこれでもか並びます。
値段は2フラン(1990年)50円ほど、安い。
本屋はもちろんスーパーマーケットやドラッグストア、駅の売店などどこに行ってもおいてある。
1946年創刊したそうで、とっくに還暦を過ぎ、今も現役だとか。
表紙にはフランス映画"LE  BAL  DU  GOUVERNEUR"のポスター。
監督はマリー_フランス・ピジェ(MARIE_FRANCE  PISIER) ピジェは女優で脚本家で映画監督という才女。彼女は2011年4月に66歳で自宅のプールにて死亡。
l'officiel des spectacles
レストランのページには人魚の広告、NOUS  AVONS  UNE  PECHE  FANTASTIQUE  JUSQU'A  3H DU  MATIN フランス語のわからない僕にはなんだか面妖な雰囲気だけが伝わってきます。

2013年2月8日金曜日

パリ、クリュニー中世美術館 Musée de Cluny,Paris

クリュニー中世美術館
Musée de Cluny.Paris
娘と奥さんと僕は宿のあるソムラール通り(Rue de Sommerard)を歩いて北にむかいます。
S字をひきのばしたようなソムラール通りを歩くこと10分、右側にクリュニー中世美術館(Musée de Cluny)があらわれます。
連れては来たものの、娘は中世美術なんぞ見るきがありません。
美術館の前には芝が生えた小さな庭がぽつんとあります。
娘は庭が気にいり「ここであそぼ」。クリュニーの館を見れた僕は、「ここであそぼ」。
5月のパリは日が暮れるのがおそい、もうすぐ夜8時というのに空は明るい。
子供たちがへいきで遊んでいる、みんなかなりよいっぱり。
クリュニー通りの中華料理店 櫻聲樹
Restaurant  CHOU_CHEN
今夜の夕飯はクリュニー通り(Rue de Cluny)の中華料理店、櫻聲樹(オウセイジュ?)。
レストランちょうちんとは、ちょうちんと櫻聲樹はどんなつながりがあるのでしょう。
僕たち家族はこの店で、玉子のスープ、エビのトマト煮、鶏肉とアーモンドの炒め物、チャーハン、烏龍茶とアイスクリームをいただきます。
料金は合計で158.5フラン(1990年)で3.900円ほど。
赤ちょうちんなみに安いとはいきません。

2013年1月30日水曜日

ヴェネツィア、サンタ・マリア・フォルモーザ広場 Campo Santa Maria Formosa.Venezia

Campo Santa Maria Formosa.Venezia
ヴェネツィアの宿(HOTEL RIVA)から細い路地を南東に少し歩いて、運河に架かる小さな橋をひとつ渡ればサンタ・マリア・フォルモーザ広場(Campo Santa Maria Formosa)。
広場の市場が楽しみで、僕たち家族は毎日市場をのぞきに。
緑色のテントをひろげた露店が、でこぼこの広場にぽつりぽつりと並んでいます。
子供をつれたおかあさんとおばさんが、野菜やくだものパンやチーズと花などを買い物かごにつめこんで広場で立ち話、笑ったりおどろいたりで楽しそう。
娘も奥さんも僕も下町の商店街みたいなサンタ・マリア・フォルモーザ広場が大好き。
サン・マルコ広場のように立派じゃないけど、しょぼいところがすごく良い素敵な広場です。

2013年1月22日火曜日

パリの宿 Hotel Le Home Latin


Hotel Le Home Latin(ラタンの家?)は娘と奥さんと僕がお世話になったパリの宿。
1990年5月の事です。宿の料金は1人1泊240フラン(6,000円)。
朝食は40フラン(1,000円)1階のカフェをかねた食堂でいただきます。
テーブルに着き、カフェオレかココアをえらびます。すると、それとクロワッサンとフランスパンを持った宿の太ったおばさんが朝食を運んできます。
僕たち家族は2週間滞在したのですが料金はいつも日払い。ですからチェクアウトも無し。
僕たちの部屋は2階に上がりすぐのところ。部屋の広さは8帖ほどで、東側には背の高い窓。窓からソムラール通り(Rue du Sommerard)が良く見える。
室内には2台の大きなベッドと洗面台とトイレ、浴室はありません。
シャワーは共同です。フロントで2フラン払いシャワー専用のコインをもらい、シャワー室でコインを入れるとお湯が出ますが、3分で終了。
奥さんは一言「ウルトラマンのシャワー ?」。
Hotel Le Home Latin.
部屋の窓からソムラール通り(Rue des Sommerard)が見える

部屋は明るく清潔、部屋の窓からソムラール通りの緑豊かな大きな木がざわざわと葉音と風をはこんできます。
サン・ジェルマン大通り(Boulevard Saint-Germain)がすぐ近くですからそれはべんり。
近所にはカフェや本屋さん、日本食が置いてあるアジアン・スーパーマーケットや安い中華料理店が沢山あります。ぼくら貧乏旅行者にはありがたいところです。

2013年1月18日金曜日

パリ5区の区役所 Mairie de 5e arrondissement de Paris

パリ5区の区役所
Mairie de 5e arrondissement de Paris
娘と奥さんと僕はPlace du Pantheonを北に歩き、パンテオンをぐるりと正面に回り込み広場に到着。
パンテオン前の広場から北にのびるスフロ通り(Rue Soufflot)。通りをはさんで東側にソルボンヌ大学(パリ大学)西側にパリ5区の区役所(Mairie de 5e arrondissement de Paris)がパンテオンと向き合うように建っています。
区役所正面に4本のイオニア式の柱があります。柱の上には時計がついたペディメント。
ペディメントの下のエンタブレチュアにLIBERTE  EGALITE  FRATERNITE の3文字が書かれています。自由、平等、友愛。
この界隈を Simone Weil(シモーヌ・ヴェイユ)も歩いたのでしょうか。
彼女が求めた自由、平等、友愛。

パリ5区の区役所正面はパンテオン
スフロ通り(Rue Soufflot)の西のつきあたりはリュクサンブール公園(Jardin du Luxembourg)その木立の向うにぽつんと立つエッフェル塔。
スフロ通り(Rue Soufflot)
Simone Weil
吉本隆明さんの著書「言葉という思想」に書かれた、シモーヌ・ヴェイユの意味に、こうあります。
シモーヌ・ヴェイユのことをジョルジュ・バタイユがどう感じていか。
バタイユの小説「青空」で、ラザールという名で描かれているのがシモーヌ・ヴェイユで、彼女はいつでも黒づくめの洋服を着て、人生の廃疾者みたいな連中のために、生命と血を捧げつくそうと、自分を故意に追い込んでいる女だと。
ジョルジュ・バタイユはシモーヌ・ヴェイユをそんなふうにきらうのですが、彼女に強く惹かれている。
吉本さんは云います、「シモーヌ・ヴェイユの思想がどんなに現在を生きる私たちに勇気を与えてくれるか」。
僕も彼女のように生きられませんが、彼女の生き方がとても魅力的だと思うのです。

2013年1月8日火曜日

ルネ・ヴィヴィアーニ広場 Square René Viviani.Paris

Square René Viviani.Paris ルネ・ヴィヴィアーニ広場
東側にはノートルダム大聖堂
娘と奥さんと僕はパリ東駅のコインロッカーに荷物を押し込むと、駅の観光案内所で地図とホテルリストをもらい宿探しに出発。
Métro 4号線のGare de l'Est(パリ東駅)から地下鉄に乗りカルチエ・ラタンのサン・ミッシェル駅(Saint-Michel)にやって来ました。
この辺りは大学が多いから安宿も多いはず。
宿探しはパンテオンのむかいにあるパリ大学(Universite de paris)から開始。
パリ大学からUniversite Diderot paris 7の周辺をめぐり、コレージュ・ド・フランス(College de France)界隈まで安宿を探して歩きまわること1時間半。
僕たち家族は小さな1つ星ホテルを2軒あたってみます、どちらも満室。やれやれ、奥さんも娘もすでにクタクタ。
セーヌ川のほとりシテ島が目の前という所まで来ると。
そこにルネ・ヴィヴィアーニ広場( Square René Viviani)がありました。がらんとした広場はモンテベロ大通り(Quai de Montebello)とラグランジュ通り(Rue Lagrange)に取り囲まれ、それは沢山の車が行き交います。
ノートルダム大聖堂を眺めるにはよいところですが、あまり落ち着ける広場ではありません。
ルネ・ヴィヴィアーニ広場から
サン・ジュリアン・ル・ポーヴル教会を見る
ルネ・ヴィヴィアーニ広場の西側の奥にはサン・ジュリアン・ル・ポーヴル教会(Saint julien le pauvre)があります。この教会はパリで最も古いギリシャ・カトリック教会だとか。
小さな教会です。教会ではショパンのピアノコンサートなどがときより開かれ、狭い教会内はすぐに満席。人から聞いた話です。
シェークスピア・アンド・カンパニー
ルネ・ヴィヴィアーニ広場から北にのびるビュシェリー通り(Rue de la Bucherie)を入るとすぐにシェークスピア・アンド・カンパニー(Shakespeare and company)。
この本屋さんは2年ごとに文学フェスティバルを開催します。文学フェスティバルのホスト役はなんでもすごい作家が登場するので有名。これも人から聞いた話です。